物語 『机の中の話』

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【立ち読み】

机の中の話(立ち読みページ)         逢樹広都

 

 水面に顔をつけるようにして、僕は机に突っ伏す。

 すると、ほおに当たる冷たい机や、首に制服のこすれる不快な感触とかがー顔の周りには何もなくなって、目の前一面に広がる花畑が見えるんだ。

 僕の顔は完璧に机を突き抜けているけれど、額のところでうまく腕に引っかかってて、教室の皆からはただ寝てるようにしか見えないだろうな。

 そして穏やかな花畑の真上には、僕の顔の表面だけが、ぽっかりと浮かんでいるというわけさ。

 

 

 さて、この花畑の説明をしておこう。

 え?それよりもなぜ、人の顔が机を突き抜けるのかが気になるって?

 それは残念ながら、僕には説明できないんだ。なんてったって、ある日突然、目の前に花畑が広がってたっていうのが真実なんだから。

 さて、花畑の説明に入ろう。

 一見春うららかな情景に見えるこの花畑だけど、なかなかどうして、危険な地帯なんだ。

 花畑のあちこちでは、蝶や蜂が花と花とを行き来している。

 僕はその中の、一匹の蜂に視点をあわせる。

 蜂はせっせと蜜を運ぶ仕事をしているー…と、青い花が突然、ぱかりと鋭い歯を剥き出して、そいつを丸呑みにした。

 その速さといったら、眼に映る残像すら残さないほどだった。

 僕は最初、そんな行為が行われているなんて気づかなかった。

 ただ、時々虫が消えるなーとは、思っていたのだが。

 蝶や蜂も気づいていないに違いない。仲間がどんどん減ってることに。でなければ、こんな危険な花畑にくるもんか。

 さっき蜂を食べた青い花だが、突然黄緑色に変色した。それから、苦しそうにもだえだす。

 花自身の色が変わったんじゃない。何かが表面にくっついて、変色して見えるのだ。

見ると、無数の青虫が全身について、茎や葉、花びらをかじっているのだ。こいつらは、ターゲットを決めて、集団で襲って丸ごと花を食べてしまうのだ!

だけど、こんなのはまだ序の口だ。ここにはもっと恐ろしいヤツがいるんだ。

花畑には時々、ほら、あんな風に、無害な野ウサギが迷い込んでくることがある。

野ウサギは、青い花に体をかじられて、動揺して逃げようとする。

すると、花畑中という花畑から、ヤツらが突然現れるんだ。

さっき青い花に食べられたのとは比べ物にならないくらい凶悪な顔をした、蜂だ!

ヤツらは、四方八方から獲物に襲いかかり、お尻の針でめったざしにして、口で肉を食べる。

哀れな犠牲者が出るときには、花畑の一角が灰色に染まるほどだ。

だが、ヤツらはヤツらで苦労しているらしい。全てが終わると、そこには無数の蜂の死骸が残される。ヤツらの針は一度きりなんだ。ヤツらは、子供に肉を与えるために命をかけるんだ。

と、そこへ、今度は、先ほどの野ウサギを追って、無害な蛇が現れる。(この花畑の生き物たちに比べたら、普通の蛇なんて無害なものだ!)

今度は赤い花が蔦を伸ばして忍び寄り、蛇の進路をふさぐ。

気がつくと、周りを赤い花の壁が囲んでいるんだ。

花から蔦が不気味に動いて、とうとう、必死に抵抗する蛇を捕まえた。

ここから、蔦から液体を出して蛇を溶かすんだけど、そこへ、さっきの黄緑色の青虫たちが襲いかかる。青虫たちは、青い花でも、赤い花でも大好物なんだ。

青虫に襲われている赤い花が、迷い込んだ蛇を襲っている、という異様な状況が出来上がった。こういうのを何ていうのかな。三つ巴っていうのかな?

蜂や蝶を青い花が食べ、赤い花は爬虫類がお好みで、青虫は花たちを食べ、灰色の蜂が襲うのはもっぱら哺乳類の小動物だ。

僕は一日中、この弱肉強食の光景をじっと眺めているのだった。

とはいえ、体のほうは現実の教室にあるのだから、たまに顔を上げて授業に参加したり、(どちらもけっこう退屈な光景だが、僕にとっては奇妙な花畑のほうが何倍も興味深いのだった!)横のヤツにつつかれたり、先生に軽く小突かれたりして二つの世界を行き来していた。

難しい数式や文法に飽きるとすぐに、突っ伏して机の中を覗き込むんだ。

だから、僕は、何人かの先生方にすでに目をつけられているのだった。

数学の岡崎先生はまだいい。にこにこ笑って、立って方程式を解かされるくらいですむ。山本先生もそうだ。

問題は、小城先生や吉住先生だった。

特に英語の吉住は、いっつも怒りに煮えたぎった目で僕をにらんでるもんだから、花畑を見るどころか、余計な動き一つできないんだ。

◆◆◆◆

最初は花畑ばっかり見ていたんだけど、僕はだんだん花畑の外に目を向けるようになった。

この世界は、もっと広く、僕が思っていたよりも、ずっとはるか向こうまで続いていたんだ。

花畑の外には、前にも後ろにも右にも左にも、山があって、街があって、人がいて、あちこちで面白いことがたくさん起こっていた。

例えば、北の山を越えたむこうの、とても栄えた街の真ん中に建つ、ものすごく大きなお城に、黒い竜が一匹向かっている。

竜は、一人の美しいお姫様を連れて、やがてお城から出てくる。

「あーれー、助けて、助けて!お父様!」

姫が恐怖に満ちた声で叫んでいる。

「姫、わしのかわいい月の光や!おのれ、黒い竜め、姫をどうする気じゃ。」

王様が怒りの声を出すのに、黒い竜は答える。

「我輩はこの姫を嫁にする。姫のことは忘れるが良い。」

そう言って、バッサバッサとはばたいて、さらに北へと飛んでいってしまった。

僕はそいつを目で追おうとしたんだけどー意識を向ければ、どこまでも遠くまで見えるんだ。僕(の顔)はあくまで、あの花畑の真上で、場違いにぽっかり浮かんでるままなんだけどー左のほうから、ひらひらと細長いものが飛んできて、続いて、女の人の金切り声がすごい音量で聞こえてきたので、僕はそっちをまじまじと見つめてしまった。

見ると、細長いのは、桃色のりぼんだった。それを一人の女の人が、足場の悪い岩場を全速力で追いかけている。

「待ってぇーえーぇぇぇえ!!あたしのリボン!あたしのリボンよぉぉーぉおお!戻っておいでーー!」

女の人は、エプロンをつけて髪も無造作に束ねたままの格好で、岩を乗り越え、小川を跳び越え、森に入り、引っかき傷もものともせずに、息も絶え絶えになりながら、死人のごとき形相で、それでもあきらめずにりぼんを追い続けているのだった。

りぼんのほうは、ずっと向こうの、大きな一本杉の枝にひっかかったのが見えた。

他にも、縁側で日向ぼっこをしながら、耳が遠くてズレた会話ばかり延々としている老夫婦や、(落語の話をみているみたいだった!)感動的な恋の物語、なんかも見ることができた。

僕は色んな場所を見た。

それぞれの場所に、それぞれの物語があって、本当に面白い。

花畑の近く、山をはさんだ町に目を向けると、貧しい母娘がつましく暮らしていた。

本当に貧しくて、草の根などを掘って食べてるような状況なんだ。

母娘を雇ってくれる働き先も見つからない。

それでも母娘ともめげず、明るく助け合って暮らしているんだけど、金持ちの息子が、金をちらつかせて娘に結婚をせまっているみたいだ。

娘にはその気はないんだけど、今の貧しい状況や、母の健康のことを考えて、ものすごく悩んでいるようだ。

花畑の真ん前に、とてつもなく大きな険しい山があって、その山の中に立っている、とてつもなく大きな木には、甘い蜜が湧き出る部分があるんだ。

その蜜に群がる昆虫たちを観察している時、「現実」世界から怒鳴り声が聞こえてきた。

「こらあ!!おまえ何寝てる!!」

英語の吉住だ!

花畑の外に目を向けるようになってから、最近の僕は時の経つのも忘れてあの世界を覗いていたのだった。

顔を上げると、吉住先生の今にも沸騰しそうな顔とまともにぶつかった。

「人の話を聞いているのか!バカにしてるのか!!」

先生は蒸発しそうな顔にまで、温度が上がってた。

しまった、吉住先生の授業で寝ちゃうとは、うかつだった。

結局僕は、慣れない発音で教科書を読まされたあげく、地獄の質問責めと大量の宿題を貰う羽目になったんだ。

◆◆◆◆

しばらく僕は、花畑の真ん前、北の方角にある、深くて険しい大きな山の中を、ずっと観察していた。

木々があって、大きな谷があって、花畑を見てた時と同じように、けっこう飽きないんだ。

僕の世界では見たこともないような昆虫や動物たちがいて、その姿かたちや習性を、かたっぱしから観察していった。

それでも、何日かしたらやっぱり、目は別のとこに移っていく。山の向こうには、お城があって、さらにその北はこの前お姫様が連れてかれた方向だ。

ちょっと捜してみよう、と北の果てを探索してみたけど、切りたった岩や窪みだらけで、見つからなかった。

北の果て?じゃあその向こうには何があるのかー…海だ。

東西南北をだいたい見たんだけど、海に囲まれていた。ここは一つの大陸なんだ。

じゃあ、そのさらに向こうには何があるのかー…僕は見てみようと試みたんだけど、北へ北へ行っても海ばかりで、途中であきらめた。

そこで、左回りに大陸の周りをぐるりと一周見渡してみたんだ。

やはり、海だらけだった。この世界には、この大陸しかないのかな?そうしたら、最後の最後北東に、黒っぽいものが見えたんだ。

船だった。

黒い、軍艦のような船が七隻、僕のほうへー大陸のほうへ、向かってきているんだ。なんなんだろう?

コツン、と頭を小突かれて、僕はあいて、と言った。こっちの世界で言ったので先生や皆には聞こえなかったんじゃないかと思う。

地理の小城先生だった。

「お前、何寝とるんや」

「すみません。」僕はあやまった。

「お前、おれの話聞いとったか」

「いいえ。」

「ほー、聞かんでも分かるや。この問題解いてみい」

僕は地理は得意だし好きだけど、先生としては、だから寝ていいわけじゃないか。

次の時間になるのを待って、僕は迷わず机の中に顔を突っ込んだ。

◆◆◆◆

山に二人の男がやってきた。気の強そうなチビの男と、気の弱そうなでぶの男だった。

「へっへっへ…やったぜ、殺してやった。」

チビの男が、肩を揺らせて笑いながら言った。

「おい…やめろよう。誰が聞いてるか分かんないじゃないかよう。」

でぶの男が、両手の指をこすって、おろおろ辺りを見回しながら言った。

「かまうもんかい!あいつ、相当あくどい事をやってたからなあ、殺されて当然よう!これでオレらも億万長者だぜい!」

「そ、それもそうだな。な…なあ、ここに埋めようぜ。」

「いいぜい、いいぜい!金を使っちまったら、ここに取りに来る。それでいいな!?」

「うん…」

そう言って、金銀を埋めて行ったんだ。

だけど、しばらくしてでぶの男が一人戻ってきて、いそいそと金銀を別の場所に移した。

さらにしばらくしてチビの男が戻ってきて土を掘り起こしたけど、金銀は出てこない。慌てふためいて走り去った。

その後、プンスカと怒った様子の女の人が山を通って行って、しばらくして、やたらと細長い体型の、気弱そうな男の人が、オロオロと追いかけて行った

さらにその後、若い男が二人、山を通ろうとして谷に落ちてしまった。

話の内容から察するに、竜にさわられたお姫様を助けるために、東からやってきたらしい。莫大な賞金がかけられているようだ。男の一人は、「賞金はいいから、お姫様と結婚するんだ」と言っていた。

二人は谷の底で遭難してしまったんだ。

僕は登れる道が分かったけど、教えられないから、自力で見つけるしかない。

と、ここで僕は体の方―現実世界の方にお呼びがかかり、国語の本p119~121を読まされた。

そこでチャイムが鳴ってしまい、下校の時間になった。

最近の僕ときたら、毎朝、クラスの誰よりも早く登校して、あとは机に突っ伏して寝てるもんだから、先生も、親も、友達も、大いに首を傾げているようだ。

果たして学校が好きなのか嫌いなのか?ということらしい。

僕としては、あの世界ほど面白いものなんてないんだから、そんな周りの意見は構わないんだ。

休みの日や、体育や理科での移動教室は、今や僕にとっては退屈な時間、というわけさ。

その日ももちろん僕は、ニワトリでも眠そうなんじゃないかっていう時間に学校に到着して、教室の扉を開けるや否や、机の上に突っ伏した…

◆◆◆◆

街のうわさは、聴いているだけで面白い。

今日も、東にある、とある街の人々は、女の人は井戸の周りで、男の人はなじみの飲み屋で、学生たちは風のよく吹く学校の丘で、うわさ話に花を咲かせる。

「隣町にサーカスがやって来たんだって。」

「素敵。観に行ってみよう。」

「もうすぐ精霊の祭りだよ。」

「嫌だ、今年も森で、旅人が消えちまうのかねぇ…」

「十字路の角の、新作のおやつが…」

「あそこのマスターは、腕が落ちたのかねぇ、不味くなっちまったんじゃないのかい」

「はっはっは。あそこは前からあんなもんだ。」

「去年は、そそかっしい精霊が、街に迷い込んで来たそうだ。」

「いいじゃないか、精霊だって、年に一度くらいはしゃいでみたいのさ。」

「今年のサーカスは、空中遊戯はあるのかな。去年すごかったじゃない…」

「渡り鳥の足に手紙がくくりつけてあったそうだよ。家内安全、と書いてあったんだってさ。誰も思うことは同じってことかね。」

「ああ、唄が聞こえるよ。」

「本当だ、唄が聞こえる。」

「隣のクラスかな、唄ってるのは…」

音楽の授業では、不思議な唄を唄っていた。(こっちの世界の授業は、魔法の授業以外は、僕らの授業と似たようなものだったが、どっちの方が面白いかは、比べるべくもない!)

唄は、聴いたこともない旋律に、奇妙な歌詞をのせたものだった。

♪寂しがりやのカサムドラ

♪今年も祭りへまぎれこむ

♪カサムドラは精霊じゃない

♪誰も気づかない

♪気づかない…

♪40回目のお祭りで

♪誰かに肩をたたかれた

♪びっくり仰天カサムドラ

♪今年のお祭りおしまいだ…

妙に耳に残る唄だったものだから、体育の時間に思わず口ずさんでしまったら、友達から奇妙な眼で見られてしまった。

城のある街には、偉大な魔法使いが住んでいると評判だ。

そのおじいさんは、カエルを孔雀にしたり、何もないところから花火を出したりするんだ。

「何もないところからとり出せて、確かにあるものを消すことだってできる。我が名はジーテ・マージ!ところで、私は最近嫌な予感がする!国に危機がせまっておるような!なぜだと思う?」

「こらあ!!!いいかげんにせんかあ!!」

雷が落ちてきたよりももっと大きな声とともに、ものすごく強いげんこつが降ってきた。―吉住だ!吉住のヤツが僕の後頭部をぶったんだ!

ものすごく強いげんこつはぼくの頭を机にめり込ませたー続いて肩がー足が。するりと机を通り抜けた。目の前に花畑がせまってくる。僕は机に落ちてしまった!

後には、吉住が、皆が、僕が消えてしまった机をあっけにとられて見つめている…




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